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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)217号 判決

原告 橋本コーポレイション株式会社

右代表者代表取締役 橋本和芙

右訴訟代理人弁護士 池田浩一

同弁理士 竹本松司

同 杉山秀雄

同 湯田浩一

被告 コムニクス株式会社

右代表者代表取締役 篠野中道

右訴訟代理人弁理士 新関宏太郎

同 新関淳一郎

同 新関千秋

主文

特許庁が昭和六二年審判第九三七九号事件について平成二年七月五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者が求める裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「電話転送装置」とする特許第一二六一五一六号発明(昭和五二年一一月一八日特許出願、昭和五八年一一月三〇日特許出願公告、昭和六〇年四月二五日特許権設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、昭和六二年五月二九日、本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求し、昭和六二年審判第九三七九号事件として審理された結果、平成二年七月五日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年八月二九日原告に送達された。

二  本件発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)

呼電話器Aで呼び出される着信電話器Bと、特定出先事務所2に設けられている転送先電話器Dに電話回線6で結合されている発信電話器Cと、前記着信電話器Bと前記発信電話器Cとにそれぞれ接続されている電話転送機5とを有し、

前記着信電話器Bと前記発信電話器Cとを手動によりON(以下「オン」という。)となる結合スイッチ7を介して接続し、もって、不特定場所の電話器Eにも転送できるようにしたこと

を特徴とする、電話転送装置

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである(ちなみに、無効審判請求人(以下「原告」という。)は、昭和五八年特許出願公開第一二九八六五号公報及び昭和六二年特許出願公開第一六六四八号公報を提出援用するが、これらは、本件発明と分割特許出願の関係に立つ発明に係るものであって、本件発明の技術内容を明らかにするものではないから、これらの記載によって本件発明の要旨を左右することはできない。)

2  原告は、「本件発明の特許には左記の事由が存するので、特許法第一二三条第一項第三号、あるいは同項第一号の規定によって無効にされるべきである」と主張した。

① 本件発明は

a 結合スイッチ7を自動的にOFF(以下「オフ」という。)にする構成

b 結合スイッチをオンにすると電話転送機が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する構成

が不明であるから、本件発明の特許は特許法第三六条第四項及び第五項(昭和六〇年法律第四一号による改正前。以下同じ)に規定する要件を満たさない特許出願に対してなされたものである。

② 本件発明は本件出願前の周知技術あるいは慣用技術から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明の特許は特許法第二九条第二項の規定に違反してなされたものである。

3  各無効事由について検討する。

① 特許法第三六条第四項及び第五項の規定違反の主張について

a 結合スイッチ7を自動的にオフにする構成について

本件明細書には、「前記通話が終了して呼電話器A又は不特定場所の電話器Eの送受話器を置くと、電話転送機5は従来と同様にこれを検知して着信電話器Bと発信電話器Cの自己保持機能を解除し、両電話器を切るとともに着信電話器Bと発信電話器C間の前記結合スイッチ7を自動的にオフとし、着信電話器Bに次の電話が掛ってくるのを待機する。」(本件発明の特許出願公告公報。以下「公報」という。)第四欄第一八行ないし第二五行)と記載されているのみであって、結合スイッチ7がどのような手段あるいは回路によって自動的にオフされるのかについては、何ら記載がない。

しかしながら、前記のように、本件発明の要旨のうち結合スイッチ7に関わりがあるのは「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続し、もって、不特定場所の電話器Eにも転送できるようにした」点のみである。要するに、結合スイッチ7は、着信電話器Bと発信電話器Cを接続するものであり、その接続によって呼電話器Aを不特定場所の電話器Eに転送できれば足りるものである。

ところで、着信電話器Bと発信電話器Cを結合スイッチ7を介して接続すること自体は、その手段ないし回路の詳細を示すまでもなく、明らかに理解し得る事項である。また、着信電話器Bと発信電話器Cの接続が結合スイッチ7のオンによって完成されれば、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの間の通話転送が可能となることも、明らかである。そうすると、本件発明が要旨とする事項の範囲内においては、結合スイッチ7の機能としてこれを自動的にオフにする手段あるいは構成までを明細書に詳細に記載しなければならない必然性を見いだすことができない。したがって、結合スイッチ7を自動的にオフにする点に関する具体的手段あるいは回路が不明であるから本件明細書は特許法第三六条第三項及び第四項に規定する要件を満たしていない、とする原告の主張は理由がない。

b 結合スイッチをオンにすると電話転送機が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する構成について

本件明細書には、「発信電話器Cを用いてプッシュホンダイヤルにより前記不特定場所3の電話器Eを呼出し、該不特定場所の電話器Eが出たときは、そのまま待機させて送受話器を外したままとしておき、この状態で手動により電話転送機5の結合スイッチ7をオンにする。すると、電話転送機5は、着信電話器B及び発信電話器Cを結合して自己保持するから、その後は前記着信電話器B及び発信電話器Cの送受話器を置いても電話が切れないで、呼電話器Aと不特定場所3の電話器Eとを通話可能の状態を保つ。」(公報第四欄第八行ないし第一八行)と記載されているのみであって、結合スイッチ7がどのような手段あるいは回路によって自己保持されるのかについては、何ら記載がない。

しかしながら、本件発明の要旨のうち結合スイッチ7に関わりがあるのが、着信電話器Bと発信電話器Cを接続し、その接続によって呼電話器Aを不特定場所の電話器Eに転送できれば足りる点のみであることは、前記のとおりである。そして、本件発明は、結合スイッチ7を手動によりオンとなるもの(すなわち、手動スイッチ)に限定しているが、およそ手動スイッチは機械的に自己保持される構造のものが普通であるから、本件発明が要旨とする事項の範囲内においては、結合スイッチ7の機能としてそれがオンされたときに自己保持される手段あるいは構成までを明細書に詳細に説明しなければならない必然性も見いだすことができない。したがって、結合スイッチをオンにすると自己保持される点に関する具体的手段あるいは構成が不明であるから本件明細書は特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていない、とする原告の主張も理由がない。

② 特許法第二九条第二項の規定違反の主張について

原告は、本件発明はアイデアのみであって、本件発明の構成あるいは手段は従来の周知慣用手段から容易に発明をすることができた、と主張する。

しかしながら、原告は、「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続し、もって、不特定場所の電話器Eにも転送できるようにした」構成の予測性について、何らの証拠も提出していない。なお、原告が主張する手動交換機あるいはPBXについても、それらのどの構成要素が本件発明の結合スイッチ7に該当し、それがどのように作用して電話転送が可能となるのか具体的に明らかにされていないので、本件発明が従来のどのような周知慣用手段から容易に発明することができたのか判断することができない。したがって、本件発明の特許が特許法第二九条第二項の規定に違反してなされたと認めることはできず、この点に関する原告の主張も理由がない。

4  以上のとおりであるから、本件発明の特許は、原告主張の事由及び証拠をもってしては無効にすることができない。

四  審決の取消事由

審決は、本件発明の技術内容を誤認して、本件発明の特許が特許法第三六条第四項又は第五項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものではないと誤って判断し、かつ、本件発明の進歩性を誤って肯認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  特許法第三六条第四項又は第五項の規定違反

a 結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段について

審決は、本件発明の要旨のうち結合スイッチに関わりがあるのは「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続し、もって、不特定場所の電話器Eにも転送できるようにした」点のみであると説示している。

しかしながら、本件発明の電話転送装置は、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了したとき、結合スイッチ7をオフにすることによって着信電話器Bと発信電話器Cの自己保持を解除しておかなければ、次の電話が着信した場合に、着信電話器Bによる受信、及び、発信電話器Cから不特定場所の電話器Eに対する呼出しが不可能であって、電話転送装置として機能しない。したがって、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」は、本件発明の構成に欠くことができない事項であり、右手段を備えることにより初めて本件発明は所期の作用効果を奏することができるにもかかわらず、本件発明の特許請求の範囲には右手段が記載されていない。

そして、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」は、本件出願当時に公知の技術ではなかったにもかかわらず、本件明細書の発明の詳細な説明には、「通話が終了して呼電話器A又は不特定場所の電話器Eの送受信器を置くと、電話転送機5は従来と同様にこれを検知して着信電話器Bと発信電話器Cの自己保持機能を解除し、両電話器を切るとともに着信電話器Bと発信電話器C間の前記結合スイッチ7を自動的にオフとし、着信電話器Bに次の電話が掛かってくるのを待機する」(公報第四欄第一九行ないし第二五行)と記載されているのみである。しかしながら、本件発明の電話転送機5は、着信電話器Bの送受信器をオフフックすると作動しないものと考えられるから、公報の右記載では、作動していない電話転送機5が、どのようにして通話の終了を検知して着信電話器B及び発信電話器Cの自己保持を解除し、かつ、結合スイッチ7をオフにし得るのか不明であって、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が前記手段を容易に実施できる程度の記載が存しない。

この点について、被告は、ブレークスイッチBへの所定の信号を自動的に与えられるものにすれば、別紙参考図1の回路は「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」にほかならない、と主張する。

しかしながら、別紙参考図1の回路はその両端を電源に接続しなければ作動しないものであるが、本件発明の特許請求の範囲の「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続し」という記載によれば、本件発明の結合スイッチ7は、その両端が着信電話器Bと発信電話器Cに接続されるものである。したがって、本件発明の結合スイッチ7と別紙参考図1の回路を技術的に等価のものとみることはできない。

b 結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段について

審決は、「手動スイッチは機械的に自己保持される構造が普通であるから、結合スイッチ7がオンにされたときに自己保持される手段を明細書に詳細に記載せねばならない必然性はない」と説示している。

しかしながら、原告が本件発明の特許無効事由として主張したのは、結合スイッチ7自体の自己保持に関する点ではなく、「電話転送機5の結合スイッチ7をオンにする。すると、電話転送機5は、着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する」(公報第四欄第一三行ないし第一五行)という手段が、本件発明の特許請求の範囲に記載されておらず、明細書の発明の詳細な説明にも当業者が容易に実施し得る程度に記載されていないという点である。

すなわち、本件発明が「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」するものである以上、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話は、着信電話器Bと発信電話器Cそれぞれも繋がった状態(直流ループが形成された状態)に保持されている場合にのみ可能である。したがって、「結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段」は、本件発明の構成に欠くことができない事項であるにもかかわらず、本件発明の特許請求の範囲に記載されていない。

なお、電話器を繋がった状態(直流ループが形成された状態)に保持するために送受話器をオフフックしたままにしておくと、信号レベルが低下してしまう。そこで、従来技術は、呼電話器Aからの呼出しにより直ちに電話転送機5を作動させるとともに、着信電話器Bと発信電話器Cそれぞれを、各送受話器をオンフックしたまま繋がった状態(直流ループが形成された状態)に保持するために、特別の直流ループ保持回路を配設しているのである。しかるに、本件明細書の発明の詳細な説明には、着信電話器B及び発信電話器Cの各送受話器をオフフックした状態で「手動により電話転送機5の結合スイッチ7をオンにする。(中略)その後は前記着信電話器B及び発信電話器Cの送受話器を置いても電話が切れないで、呼電話器Aと不特定場所3の電話器Eとを通話可能の状態を保つ」(公報第四欄第一二行ないし第一八行)と記載されている。すなわち、本件明細書記載の実施例は、着信電話器B及び発信電話器Cを各送受話器をオフフックすることにより繋がった状態(直流ループが形成された状態)に保持する点において、従来技術とは明らかに構成及び作用を異にするにもかかわらず、当業者が容易にこれを実施できる程度の記載は存しない。

この点について、被告は、従来の電話転送装置による自動転送の技術を踏まえて本件発明による手動転送の具体的構成を考えれば別紙参考図2のようになる、と主張する。

しかしながら、別紙参考図2の構成は、発信側ケーブルのリレー接点r1と着信側ケーブルのリレー接点r2を、四角枠内リレーR(リレーr)によって作動させ、形成された二つの青ラインの通話路を結合トランスによって電気的に結合するとともに、四角枠内リレーRの自己保持を解除するブレークスイッチBを組み合わせたものであるが、このような構成は、本件発明の特許請求の範囲に記載されている「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」するという構成とは全く異なるし、明細書の発明の詳細な説明にも全く記載されていない事項である。

すなわち、別紙参考図2の構成における電話転送機5は、着信電話器Bと発信電話器Cそれぞれを自己保持しておらず、着信電話器Bと発信電話器Cとの結合を自己保持しているものでもない。別紙参考図2の構成では、着信側ケーブルと発信側ケーブルそれぞれの青ラインの通話路が、四角枠内リレーRによって自己保持されているにすぎないのである。

2  特許法第二九条第二項の規定違反

本件発明は、周知の電話転送装置に、手動によりオンとなる結合スイッチ7を配設することを特徴とするものである。

しかしながら、高柳晃ほか二名著「電話宅内技術概論」(株式会社技研昭和四四年五月二五日発行)第二四三頁の「自動転送接続」の項(以下「周知例1」という。別紙図面B参照)には、「外線からの着信呼を被呼者自身の手で他の電話機へ転送できる機能」が記載されている。もっとも、周知例1記載の技術的事項は、着信電話器から他の電話器を呼び出した後、着信電話器で「1」をダイヤルして外線との接続を着信電話器から他の電話器に切り替えるものであるが、本件発明において着信電話器Bと発信電話器Cを接続することは、呼電話器A(すなわち、外線)と不特定場所の電話器Eを接続することにほかならないから、周知例1記載の事項と本件発明は実質的に同一の技術的思想である。

また、丹羽保次郎ほか一名著「電話機並交換機」(株式会社オーム社昭和三四年一二月一五日発行)第一三二頁以下の「単式交換機」の項(以下「周知例2」という。別紙図面C参照)には、着信した電話を手動の接続紐によって他の電話器に転送することが記載されている。もっとも、周知例2記載の技術的事項は電話交換機に関するものであるが、電話交換機とは交換台の電話器が受信した電話を被呼者の電話器に転送するものにほかならないから、周知例2記載の事項と本件発明も実質的に同一の技術的思想である。

以上のとおり、外線と通話中の電話器で他の電話器を呼び出し、外線との接続を手動で他の電話器に切り替えることは、本件出願前における周知慣用の技術である。本件発明は、右周知慣用の技術を周知の電話転送装置に転用したものにすぎず、そのような転用が当業者にとって容易であったことは明らかである。したがって、本件発明の特許は特許法第二九条第二項の規定に違反してなされたものではないとした審決の判断は、誤りである。

この点について、被告は、周知例1あるいは2記載の技術的事項はいずれも構内交換機に関するもので本件発明が対象とする電話転送装置と種類を異にする、と主張する。しかしながら、構内交換機といえども、着信電話の転送範囲を一定地域に限定しているだけで、電話転送装置であることに変わりはなく、転送に外線を使用するか否かは当該技術にとって本質的な事項ではない。

第三請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は、認める。

二  同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。

1  特許法第三六条第四項又は第五項の規定違反の主張について

a 結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段について

原告は、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」は、本件発明の構成に欠くことができない事項である、と主張する。

しかしながら、本件発明は、着信した電話を不特定場所の電話器Eにも転送することを技術的課題(目的)とし、これを解決するために「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」する構成を採用したものである。そして、「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」する構成さえ実現されれば、着信した電話を不特定場所の電話器Eにも転送するという技術的課題(目的)自体は解決する。したがって、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」までを、特許請求の範囲に記載する必要はない。

そして、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」は、本件発明の特許出願前の周知技術である。すなわち、

森政弘監修「自動化技術便覧」(株式会社オーム社昭和四九年五月二〇日発行)の第三―二八頁(以下「周知例3」という。)の図3.10(別紙参考図1)には、自己保持回路が示されており、Aは常時はオフであって操作時のみオンになる手動スイッチ、Bは常時はオンであり所定信号が与えられるとオフになって回路全体を初期状態に復帰させるブレークスイッチ、四角枠内Rは手動スイッチと直列のリレー、Rは手動スイッチと並列のリレー接点であって、四角枠内リレーRが作動するとオンになるものである。このような回路において、手動スイッチAを操作して一瞬オンにすれば、(aの場合はブレークスイッチBを経由して)四角枠内リレーRが作動し、リレー接点Rがオンになるから、以降は、手動スイッチAから手を放しオフにしても、四角枠内リレーRはリレー接点Rによって自己保持され、通電状態が継続する。そして、ブレークスイッチBに所定の信号が与えられると、ブレークスチッチBがオフになり、四角枠内リレーRの自己保持が解除され、リレー接点Rもオフになるから、回路全体が初期状態に復帰することになる。したがって、ブレークスイッチBへの所定の信号を自動的に与えられるものにすれば(具体的には、電話転送機5に終話検出部を設け、これとブレークスイッチBを接続すればよい。)、別紙参考図1の回路は「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」にほかならないから、手動でオンになり自動的にオフになるスイッチは本件出願前の周知技術であり、これを本件発明に適用することは当業者ならば適宜になし得る設計事項にすぎない。

この点について、原告は、作動していない電話転送機5がどのようにして通話の終了を検出し結合スイッチ7をオフにし得るのか不明である、と主張する。しかしながら、本件発明の電話転送機5は、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了する時点においては作動しているのであるから、原告の右主張は誤った前提に立つものであって失当である。

b 結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段について

原告は、「結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段」は、本件発明の構成に欠くことができない事項である、と主張する。

しかしながら、本件発明の技術的課題(目的)は前記のとおりであり、その採用した「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」する構成によって右技術的課題(目的)自体は解決することも前記のとおりである。したがって、「結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段」までを、特許請求の範囲に記載する必要はない。

そして、「結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段」は、当業者ならば、本件出願前の公知技術に基づいて適宜になし得る設計事項に属する。すなわち、

別紙参考図3は従来の電話転送装置5の構成を示すものであって、呼電話器Aからの呼出しがあると発信電話器Cが自動的に転送先電話器Dを呼び出し、転送先電話器Dの各送受話器がオフフックされると、自動的に、着信側及び受信側の各保持スイッチがオンになって、青ラインの二つの通話路が形成されるから、青ラインの二つの通話路を結合トランスによって電気的に結合すれば、呼電話器Aと転送先電話器Dの通話が可能になるものである。そして、従来の電話転送装置は自動転送であるから、着信電話器B及び発信電話器Cの各送受話器はオフフックされず、したがって、赤ラインの二つの通話路は形成されない。しかしながら、着信側の青ラインの通話路と赤ラインの通話路は、択一的でなく並存的でもあり得るものであって、青ラインの通話路が形成されている状態で着信電話器Bの送受話器をオフフックすれば、呼電話器Aと着信電話器Bが通話可能であると同時に、呼電話器Aの音声信号は電話転送装置5にも伝達されるのである(発信側の青ラインの通話路と赤ラインの通話路も、択一的でなく並存的でもあり得る関係にある。)。

このような従来の電話転送装置5による自動転送の技術を踏まえて、本件発明による手動転送の具体的構成を考えれば、別紙参考図2のようになる。

電話転送機5の着信側ケーブル(着信電話回線に接続するもの)にリレー接点rと連動するリレー接点r1を設け、電話転送機5の発信側ケーブル(発信電話回線に接続するもの)にリレー接点rと連動するリレー接点r2を設けるとともに、ブレークスイッチBと電話転送機5の終話検出部を接続する。そして、呼電話器Aからの呼出しに応じて着信電話器Bの送受話器をオフフックすれば、着信側の赤ラインの通話路が形成し、次いで発信電話器Cの送受話器をオフフックして不特定場所の電話器Eを呼び出し、不特定場所の電話器E送受話器がオフフックされれば発信側の赤ラインの通話路が形成される。この時点で結合スイッチ7を手動によってオンにすれば、四角枠内リレーRが作動してリレー接点rがオンになるから、以降は、手動スイッチ7から手を放しオフにしても、四角枠内リレーRは自己保持している。そして、右のようにリレー接点rがオンになるから、リレー接点rと連動するリレー接点r1とリレー接点r2がいずれもオンになり、着信側と発信側に青ラインの二つの通話路が形成される。そこで、青ラインの二つの通話路を結合トランスによって電気的に結合すれば、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が可能になる(着信側の赤ラインの通話路と青ラインの通話路、発信側の青ラインの通話路と赤ラインの通話路が、それぞれ択一的でなく並存的な関係にあることは前記のとおりである。)。呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了すれば、電話転送機5の終話検出部がこれを検出してブレークスイッチBをオフにするので、四角枠内リレーRの自己保持が解除され、リレー接点もオフになる。そして、リレー接点rと連動するリレー接点r1とリレー接点r2がいずれもオフになるから、着信側と発信側それぞれの青ラインの通話路も解消され、また、電話転送機5の終話検出部の作動停止によってブレークスイッチBもオンに戻るから、結局、回路全体が初期状態に復帰することになる。

以上のとおりであって、「結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段」は、手動転送という目的が与えられれば、当業者が本件出願前の公知技術に基づいて適宜になし得る設計事項に属することが明らかである。

2  特許法第二九条第二項の規定違反の主張について

原告が援用する周知例1あるいは2記載の技術的事項はいずれも構内交換機に関するものであるが、構内交換機は事業所内の電話器相互の連絡及び事業所内の電話と事業外の電話の連絡をするためのものであるから、事業所外から着信した電話の転送可能範囲が、複数ではあるが予め定められた特定の内線電話機に限定されることは当然である。すなわち、構内交換機には本来、事業所外から着信した電話を外線を利用して事業所外の電話器に転送するという発想が全く存在しないのである。これに対し、本件発明が対象とする電話転送機は、事業所外から着信した電話を、外線を利用して事業所外の電話器に転送することを企図するものである。したがって、周知例1あるいは2記載の技術的事項は本件発明が対象とする電話転送機とは種類を異にするから、これらの周知例を論拠として本件発明の構成の予測性を論ずるのは失当である。

のみならず、周知例1あるいは2の記載から、従来の電話転送機に殊更に手動のスイッチを組み合わせることによって、事業所外から着信した電話を全く不特定場所の電話器Eにも転送するという本件発明に特有の作用効果の示唆を得ることは不可能である。

第四証拠関係《省略》

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

一  成立に争いない甲第二号証(本件発明の特許出願公告公報)によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

1  技術的課題(目的)

本件発明は、不特定のいかなる場所にも転送し得る電話転送装置に関する(第一欄第二八行及び第二九行)。

従来の電話転送装置は、着信した電話を、予め定められた特定の一個の電話器にのみ転送し得るものであった(第一欄第三〇行及び第三一行、第四欄第二六行ないし第二八行)。

すなわち、第1図において、事務所1に居た人が特定の出先事務所2へ行くとき、着信電話器Bと発信電話器Cを、電話転送機5を介して接続しておくと、呼電話器Aから着信電話器Bに電話が掛かれば、これを検知した電話転送機5が、発信電話器Cを送話可能状態に保持すると共に、予め記憶させてある電話番号によって出先事務所2の転送先電話器Dを呼び出し、呼電話器Aと転送先電話器Dが(着信電話器B及び発信電話器Cを介して)直接通話し得るようにする(第二欄第一九行ないし第三〇行)。このように、従来の電話転送機5は、発信電話器Cから転送先電話器Dを呼び出す機能、着信電話器B及び発信電話器Cを通話し得るように保持する機能、着信電話器Bと発信電話器Cを結合して呼電話器Aと転送先電話器Dが通話し得るようにする機能、及び、通話終了時には右の保持・結合を解除する機能を有するのである(第三欄第二八行ないし第三五行)。しかしながら、従来の電話転送機は、(仮に事務所1に人が居ても)予め定められた特定の一個の電話器以外の電話器への転送は不可能であった(第二欄第三一行ないし第三五行)。

本件発明の技術的課題(目的)は、従来技術の右のような問題点を解決する電話転送装置を創案することである(第二欄第三六行)。

2  構成

本件発明は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(第一欄第一八行ないし第二六行)。

その特徴とするところは、第2図に示すように、着信電話器Bと発信電話器Cの間を、手動で操作する結合スイッチ7を介して接続する点であり、結合スイッチ7は電話転送機5に内臓されるものである(第三欄第二一行ないし第二六行)。

なお、電話転送機5は、従来の電話転送機が有する前記のすべての機能を備えている(第三欄第二八行ないし第三五行)。

本件発明においても、事務所1に人が居なければ、不特定場所3の電話器Eを呼び出すことはできない(第三欄第四三行ないし第四欄初行)。しかしながら、事務所1に人が居れば、呼電話器Aから着信電話器Bに対する呼出しを受けた人が、着信電話器Bの送受信器を外したまま、発信電話器Cで不特定場所3の電話器Eを呼び出し、発信電話器Cの送受信器を外したまま、手動によって電話転送機5の結合スイッチ7をオンにすればよい。そうすれば、電話転送機5が、着信電話器Bと発信電話器Cを結合し自己保持するから、その後は、着信電話器B及び発信電話器Cの送受信器を置いても電話は切れず、呼電話器Aと不特定場所3の電話器Eの通話可能状態が保たれる。また、通話が終了して呼電話器Aあるいは不特定場所3の電話器Eの送受信器が置かれると、電話転送機5が従来の電話転送機と同様にこれを検知し、着信電話器B及び発信電話器Cの自己保持機能を解除すると共に、結合スイッチ7を自動的にオフにし、着信電話器Bに次の電話が掛かってくるのを待機するのである(第四欄第二行ないし第二五行)。

3  作用効果

本件発明によれば、着信した電話を、全国いかなる場所にも直ちに転送することが可能であり、かつ、そのための装置も簡単で実施が容易である(第四欄第三八行ないし第四〇行)。

二  特許法第三六条第四項又は第五項の規定違反の主張について

a  結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段について

原告は、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」は本件発明の構成に欠くことができない事項であり、右手段を備えることにより初めて本件発明は初期の作用効果を奏することができるにもかかわらず、本件発明の特許請求の範囲には右手段が記載されていない、と主張する。

しかしながら、本件発明は、前記のとおり、着信した電話をあらかじめ定められた特定の転送先電話器Dのみならず不特定場所の電話器Eにも転送することを技術的課題(目的)とし、この技術的課題(目的)を解決するために「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」するという構成を採用したものである。そして、「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」する構成さえ実現されれば、着信した電話を不特定場所の電話器Eにも転送するという技術的課題(目的)自体が解決することは技術的に自明である(換言すれば、電話転送を反復して行い得るか否かを別論とすれば、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」がなければ着信した電話を不特定場所の電話器Eに転送することは不可能である、といえないことは明らかである。)。したがって、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」までを特許請求の範囲に記載するか否かは本件発明の特許出願人の自由であって、これが特許請求の範囲に記載されていないことを捉えて、本件発明の特許出願が特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしていないということはできない。

一方、前掲甲第二号証(以下「本件明細書」という。)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、前記のとおり、実施例として結合スイッチ7を自動的にオフにすること(第四欄第二三行及び第二四行)が記載されており、この記載は右実施例において、通話中電話転送機5が着信電話器Bと発信電話器Cを自己保持し、通話が終了したとき、結合スイッチ7を自動的にオフにして次の呼電話に待機することによって電話の転送を反復実施でき、電話転送装置の機能を発揮できることを明らかにしたものであるが、それ以上に「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」を具体的に説明した記載はないことが認められる。したがって、本件明細書の発明の詳細な説明に当業者が容易にその実施をすることができる程度に構成が記載されているというためには、「結合スイッチ7を自動的にオフにするための手段」が、当業者にとって周知技術であるか、あるいは、適宜になし得る設計事項に属することが論証されなければならない(その意味で、審決が、本件発明が要旨とする事項の範囲内においては、結合スイッチ7の機能としてこれを自動的にオフにする手段あるいは構成までを明細書に詳細に説明しなければならない必然性を見いだすことができない、と説示しているのは誤りといわざるを得ない。)。

この点について、被告は、周知例3を援用する。そこで検討するに、《証拠省略》によれば、周知例3の第三―二八頁には別紙参考図1の自己保持回路が図示され、左欄の図3・9の下第一八行ないし右欄初行には「いったんAの信号がはいるとき、自己の接点RによりAが切れても記憶される。Bの信号がはいると記憶は解かれる(Bはブレーク接点)。操作記憶回路は、Rを操作リレー(その操作中はRがオン)、Aをその操作開始信号、Bを次の操作リレーの接点としたものである。」と記載されていることが認められる。すなわち、別紙参考図1の自己保持回路はオア回路とアンド回路を組み合わせ、両端子間の通電状態を保持したり解除したりするものであって、もとより本件出願前の周知技術と解されるが、文字どおり回路(スイッチ手段として機能する回路)であって、これと、独立した一個の部材としての結合スイッチ7とを、技術的に等価のものと認めることはできない。この点について、被告は、別紙参考図1のAを、常時はオフであって、手で操作されている間のみオンになり、手を放せばオフに戻る機械的なスイッチが想定されているかのように主張するが、図示されているAは自己保持回路におけるリレー接点の一つであるメーク接点であって、独立した一個の部材としてのスイッチではないことは、周知例3の前記記載からも疑いの余地がない。したがって、周知例3の記載を論拠として、手動によりオンとなり自動的にオフとなるスイッチ(あるいは、手動によりオンとなるスイッチを自動的にオフとする手段)が、本件出願前に周知であったと理解することはできない。

なお、原告は、本件発明の電話転送機5は、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了したとき結合スイッチ7をオフにすることによって着信電話器Bと発信電話器Cの自己保持を解除しておかなければ、次の電話が着信した場合に着信電話器Bによる受信及び発信電話器Cから不特定場所の電話器Eに対する呼出しが不可能であって、電話転送機として機能しない、と主張する。たしかに、本件発明を実用化しようとする場合、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了したならば直ちに着信電話器Bを受信可能の状態に戻し、電話転送を反復して行い得るように待機させておかなければ、電話転送装置として実用に耐えないことは原告が主張するとおりである。しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、「電話転送機5は、従来の電話転送機5の全ての機能、すなわち(中略)通話終了時には上記の保持結合を解除する機能とを備えている。」(第三欄第二八行及び第三五行)、「通話が終了して呼電話器A又は不特定場所の電話器Eの送受信器を置くと、電話転送機5は従来と同様にこれを検知して着信電話器Bと発信電話器Cの自己保持を解除し、両電話器を切るとともに、着信電話器Bと発信電話器C間の前記結合スイッチ7を自動的にオフとし、着信電話器Bに次の電話が掛かってくるのを待機する。」(第四欄第一九行ないし第二五行)と記載されていることが認められる。すなわち、本件発明の実施例においては、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了したとき着信電話器Bを直ちに受信可能の状態に戻す作用は、電話転送機5が行うものとされているのであって、原告が主張するように「結合スイッチ7をオフにすることによって」のみ行うものとされているのではないから、原告の右主張は前提において誤りがあるというべきである(念のため付言するに、後に被告が主張する別紙参考図2の構成は、後記の条件が満たされるならば、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了したとき直ちに着信電話器Bを受信可能の状態に戻すことが可能であると理解される。したがって、検討されるべき問題は、後に述べるように、別紙参考図2の構成が本件発明の特許請求の範囲の記載に該当するか否かであって、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eの通話が終了したとき直ちに着信電話器Bを受信可能の状態に戻すことが技術的に可能であるか否かではないと考えられる。)

b  結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段について

原告は、「結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段」は本件発明の構成に欠くことができない事項であるにもかかわらず、本件発明の特許請求の範囲には右手段が記載されていない、と主張する(なお、右の「自己保持」とは、電話転送が可能なように信号電流が流れる状態を保持する、という意味であると理解される。)。

しかしながら、本件発明の技術的課題(目的)は前記のとおりであり、この技術的課題(目的)を解決するために本件発明が採用した「着信電話器Bと発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続」するという構成が、着信電話器B及び発信電話器Cがいずれも電話転送が可能なように信号電流が流れる状態を保持していることを前提としていることは当然であるから、右構成によって前記の技術的課題(目的)自体が解決することは技術的に自明であるということができる(本件発明の特許請求の範囲が、電話転送の際に着信電話器Bと発信電話器Cそれぞれの送受話器をオフフックするかオンフックのままであるかを限定していないことが留意されるべきである。)。したがって、「結合スイッチ7をオンにすると電話転送機5が着信電話器B及び発信電話器Cを自己保持する手段」までを特許請求の範囲に記載するか否かは本件発明の特許出願人の自由であって、これが特許請求の範囲に記載されていないことを捉えて、本件発明の特許出願が特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしていないということはできない。

しかしながら、明細書の発明の詳細な説明については、別個の考え方が必要である。すなわち、従来の電話転送機が人手を全く煩わさずに(つまり、着信電話器B及び発信電話器Cの各送受信器をいずれもオンフックしたままで)電話転送を行うものであることは当裁判所にも顕著な事実である。そして、《証拠省略》(昭和五二年特許出願公開第一〇九三一四号公報)に「局線起動回路3は端子L'1、L'2で示した発信電話回線に対して直流ループを作り」(第三頁左上欄第一五行及び第一六行)、「応答回路7で着信電話回線に対して直流ループを作り、(中略)着信電話回線と発信電話回線とを交流的に接続して、両回線間の通話を可能にする。」(同頁右上欄第五行ないし第九行)と記載され、また、《証拠省略》(昭和四九年特許出願公告第一三〇八七号公報)に「AL1、AL2はループを構成する。(中略)従ってA回線は通話状態となる。」(第五欄第一九行ないし第二五行)、「BL2は(中略)BL1にいたりループ回路を構成している訳である。」(第八欄第一〇行ないし第一四行)、「A回線、B回線は入力トランスTF1のA捲線とB捲線を介して音声的に結合されることになり、A回線の呼者はB回線の被呼者と直接話ができることになる」(第八欄第一九行ないし第二二行)と記載されていると認められることから明らかなように、従来の電話転送機は、着信電話器B及び発信電話器Cの各送受信器をいずれもオンフックしたまま、着信電話回線及び発信電話回線それぞれに直流ループを形成させることによって、電話転送が可能なように信号電流が流れる状態を保持しているのである。

しかるに、前掲甲第二号証によれば、本件明細書には、「呼電話器Aから電話回線4を通じて着信電話器Bに呼出しが掛かると、前記取次人は、着信電話器Bの送受話器を持上げてこれを受ける。(中略)着信電話器Bの送受話器はしばらくの間は外したままとしておき、発信電話器Cを用いて(中略)不特定場所3の電話器Eを呼出し(中略)送受話器は外したままとしておき、この状態で手動により電話転送機5の結合スイッチ7をオンにする。」(第四欄第三行ないし第一三行)と記載されていることは前記のとおりである。右記載によれば、本件明細書に記載されている実施例は、着信電話器B及び発信電話器Cそれぞれの送受信器をいずれもオフフックした状態で電話転送を行うものであって、従来技術とは明らかに構成及び作用を異にする。したがって、本件明細書の発明の詳細な説明に当業者が容易にその実施をすることができる程度に構成が記載されているというためには、着信電話器B及び発信電話器Cそれぞれの送受信器をいずれもオフフックした状態で電話転送が可能なように信号電流が流れる状態を保持する手段が、当業者にとって周知技術であるか、あるいは、適宜になし得る設計事項に属することが論証されなければならない(その意味で、審決が、原告の主張bを結合スイッチ7自体の自己保持に関するものと誤解し、本件発明が要旨とする事項の範囲内においては結合スイッチ7の機能としてそれがオンされたときに自己保持される手段あるいは構成までを明細書に詳細に説明しなければならない必然性を見いだすことができない、と説示しているのは、全く誤りであるといわざるを得ない。)。

しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本件明細書には、前掲の本件公報第四欄第一三行までの記載に続いて、「すると、電話転送機5は、着信電話器B及び発信電話器Cを結合して自己保持するから、その後は、前記着信電話器B及び発信電話器Cの送受信器を置いても電話が切れないで、呼電話器Aと不特定場所の電話器Eとを通話可能の状態を保つ。」(第四欄第一四行ないし第一八行)と記載されていることが認められるのみであって、それ以上に、着信電話器B及び発信電話器Cそれぞれの送受信器をいずれもオフフックした状態で電話転送を行う具体的構成について、当業者が容易にその実施をすることができる程度の記載は認められない(この点は、本件明細書の「電話転送機5は、従来の電話転送機5の全ての機能、すなわち、発信電話器Cから転送先電話器Dを呼出す機能と、着信電話器Bと発信電話器Cとを通話できるように保持し、かつ、両者を結合して呼電話器Aと転送先電話器Dとの間で通話できるようにした機能(中略)を備えている。」(第三欄第二八行ないし第三五行)という記載ではカバーできない問題であることはいうまでもない。)。

この点について、被告は、従来の電話転送機5による自動転送の技術を踏まえて本件発明による手動転送の具体的構成を考えれば別紙参考図2のようになる、と主張する。

そこで検討するに、別紙参考図2に示されている構成が被告主張のように作用させることは、図示されている7が「常時はオフであって、手で操作されている間のみオンになり、手を放せばオフに戻る機械的なスイッチ」であるとすれば、技術的に可能であると考えられる。しかしながら、別紙参考図2における7(すなわち、別紙参考図1のbにおけるA)が、リレー接点の一つであるメーク接点であって、独立した一個の機械的スイッチでないことは前記のとおりである。のみならず、別紙参考図2の電話転送機5は、着信側ケーブルの青ラインの通話路と発信側ケーブルの青ラインの通話路を接続しているにすぎない。詳述すれば、別紙参考図2において、呼電話器Aからの呼出しに応じて着信電話器Bの送受話器をオフフックすることにより着信側の赤ラインの通話路が形成され、また、発信電話器Cからの呼出しに応じて不特定場所の着信電話器Eの送受話器がオフフックされれば発信側の赤ラインの通話路が形成されることは事実であるが、これらは電話取次人が結合スイッチ7を手動でオンにする縁由にすぎない(着信電話器B及び発信電話器Cそれぞれを、電話転送が可能なように信号電流が流れる状態を保持する作用は、両電話器の送受話器をオフフックしたままにすることによって行われているのであって、結合スイッチ7をオンすることによって行われているのではない。)。そして、結合スイッチ7が手動でオンにされると、着信側ケーブルに青ラインの通話路が形成されると同時に、発信側ケーブルの青ラインの通話路が形成され、電話転送機5が二つの青ラインの通話路を接続して呼電話器Aと不特定場所の着信電話器Eの通話が直接可能となるのであって、この時点においては二つの赤ラインの通話路は何らの機能も果たしていない(着信電話回線側及び発信電話回線側それぞれを電話転送が可能なように信号電流が流れる状態を保持する作用について、着信電話器B及び発信電話器C自体は何ら関与していないから、「結合スイッチ7をオンにする。すると、電話転送機5は、着信電話器B及び発信電話器Cを結合して自己保持する。」(本件公報第四欄第一三行ないし第一五行)ということはできない。)。

したがって、別紙参考図2に示されている構成は、電話転送機5が着信電話器Bと発信電話器Cを接続しているものと理解することができないから、本件発明の特許請求の範囲に記載されている「着信電話器Bと前記発信電話器Cとにそれぞれ接続されている電話転送機5」、「着信電話器Bと前記発信電話器Cとを手動によりオンとなる結合スイッチ7を介して接続し」という構成要件に該当しないものといわざるを得ない。念のため付言すれば、従来の電話転送機5では、呼電話器Aから着信電話器Bに対する呼出しに即応して電話転送機5が直ちに発信電話器Cによりあらかじめ記憶している転送先電話器Dを呼び出し、転送先電話器Dの送受話器がオフフックされれば直ちに呼電話器Aと転送先電話器Dの通話が可能になる。すなわち、この場合は、着信電話器B→電話転送機5→発信電話器Cという信号電流の流れによって電話転送が行われているといえるから、電話転送機5が着信電話器Bと発信電話器Cを接続しているものと理解することができるのである。

三  以上のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明には、手動でオンとなり自動的にオフとなる結合スイッチ7(あるいは、手動でオンとなる結合スイッチ7を自動的にオフとする手段)が、当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない。また、実施例として開示されている着信電話器Bと発信電話器Cそれぞれの送受話器をオフフックし、しかも、電話転送機5が着信電話器Bと発信電話器Cを接続することによって行う電話転送の具体的構成も、当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていないといわざるを得ない。したがって、本件発明の特許は、特許法第二九条第二項の規定に違反してなされた旨の原告の主張の当否を論究するまでもなく、特許法第一二三条第一項第三号、第三六条第四項の規定に該当するものとして無効にすべきものであって、これと結論を異にする審決は、違法なものとして取消しを免れない。

第三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 佐藤修市)

〈以下省略〉

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